往く者は追わず、来る者は拒まず

平成28年10月25日

 荘子という古典に『君子の交わりは淡きこと水の若(ごと)し』という言葉があります。君子たる人格者は人とのつき合い方を、水のようにさらっとしているから長続きするものだと言っています。
 生活の場面にでも、企業経営場面においても、その悩みのほとんどが人間関係だと言われています。人のことを『人間(じんかん)』と書きますように、人は、人と人との間で生きている生き物であり、一人では生きてはいけないことを指しております。ですから、この問題も今に始まったことではなく、昔の人も同じように悩んだり苦しんだりしていたようです。
 これと似た言葉に、『往く者は追わず、来る者は拒まず』と言う孟子の言葉があります。こうしたことを気をつけて人と接すれば、少しでもストレスを抱えることが無くなるのかもしれません。
 この言葉は、友人関係もできる限り浅く付き合う様にする事が良いことだと理解している方がみえますが、これは大きな間違いです。往くもは追わないけれど、それ以上に、来る者には最高の愛情をもって接しましょうとも言っているのです。

 また、『成龍昇天 作蛇入草』と言う事があります。ある時は、天空に飛翔して風雲を巻き起こす龍の如く臆することなく国家社会に仏法を宣揚し、またある時は、草叢の内を人に知られずに行く蛇の如く、潜行密閉して陰徳にはげみ世の一隅を照らす、そんな存在でありたいものだ。(禅林句集)

 色々なお役目を頂いたときは、その命に従い龍のごとく最大の力を発揮し、社会にその名を轟かせるかのごとくの活躍をしなければなりません。しかし、一度その役目を終えたのであれば、影を潜め、草むらの陰にいる蛇のごとき口を出さずにいることが大切だと言っています。また、龍の様に表舞台に立って活躍をする事も大切ですが、それ以上に舞台裏にいる蛇の様に陰から支える人になることも大切なことであると言っているのです。

 人との関係や、お役目を受けたときにも、熱き思いで突き進み、その人の為ならば我が身を省みず尽くすことが大切であり、またそのお役目を全うするには、全力で取り組む事が大切です。しかし、それと同じくらいに、一端縁が切れ、お役目を外れたならば、後を引きずることなく、さらりとそこから離れ、陰から支える事が大切なのです。

 この話を書いてる時に、ふと思い出したことがありました。それはオリンピックや高校野球などのスポーツをテレビで見ていたときの事です。真剣勝負の世界で、ほんのちょっとした油断から、すべてが崩れていってしまう事が良くあります。緊張の糸が目一杯張られた状態から、その糸が切れてしまいますと、その崩れた印象が後に残り、これを忘れることが出来ず戻ることができなくなってしまうのです。気持ちを切り替える事の難しさは、誰もが体験している事なのでしょう。